話はそれますが、一般に、足利将軍は権力が低く、特に応仁の乱以降は管領細川氏の傀儡になっていたとされています。ゆえに、足利将軍に対して、世間は見向きもしません。これまで室町幕府室町時代は、将軍と守護大名による連合政権が各地を支配していたという見方が強く、守護大名として戦国大名の前身と見なす傾向にありました。

 そこでは将軍権力は極端に小さく、守護大名の威に押されて、将軍職を追われたり、跡目を決められなかったりと、守護大名を抑えられないものとして見なされていました。逆に守護大名としては克服すべき権力という図式があったようです。

 しかし近年では、どうして守護は権力を持っていた(持つことができた)にもかかわらず、将軍から守護職に補任される必要があったのか、いいかえれば将軍権力を捨てきることが出来ないのかという問題提起がなされています。

 ここからはあいまいな知識ですが、少なくとも南北朝期〜室町前期においては、室町幕府―守護体制という枠組みを設定しています。将軍は守護を利用して地方支配を行っていたし、守護は将軍という権威を笠に着て守護国内を支配していたという理解に移りつつあるようです(この理解は間違っているかもしれません)。

 だから将軍権力にも注目して、もっと積極的な評価をしてもいいのではないでしょうか?といいたいです。短絡的ですが。もっと勉強しないといけませんね。


 ともかく一足利氏ファンとしては、この小説は読んでいて非常に心地よい、スカッとする小説でした。だから義輝の死は尋常じゃないくらい悲しい事件です…

 大河ドラマで足利氏やらんかなあ…絶対楽しいと思うんだけどな…