今日、バイトに行って色々と史料を眺めていたら、面白いものを見つけました。


豊臣期の史料なんですが、なんと宛所に「亀井流[    ]」とかいてあるではありませんか!!


虫食いで読めない部分は「亀井琉球守殿」といい、日本ではおそらく唯一と言っていい「琉球守」を名乗る男を発見しました!


この亀井琉球守は実名を茲矩(これのり)といい、元は出雲尼子家に仕えた一族だそうです。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BA%80%E4%BA%95%E8%8C%B2%E7%9F%A9


秀吉に仕えるようになって、恩賞として旧領である出雲半国を賜るよう秀吉にお願いしたが、秀吉は毛利との戦に勝てなかったため、そのお願いを聞き入れることができなかった。亀井は代わりとして琉球が欲しいとお願いしたところ、秀吉は扇に亀井琉球守殿と書いて亀井茲矩に渡したという。


この逸話の可否は置いておいて、亀井これのりが実際に琉球守を名乗っていたことに驚いたよ!!秀吉も律令制にない官職を作って与えてしまうんだからなおのことびっくりだよ!!


琉球は島津の支配下にあって、亀井これのりは知行できなくて、文禄・慶長の役の頃には武蔵守を名乗るらしいし。



なんか面白い人だなあ!!